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補綴治療の歯科訴訟の判例をご紹介します。歯科トラブル、歯科訴訟、歯科裁判にお悩みの歯科医の方は、歯科医師のための弁護士、サンベル法律事務所にご相談下さい。

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歯科訴訟:補綴治療の歯科診療契約の法的性質

補綴治療のトラブルに強い歯科医師のための弁護士です。

補綴に関する患者トラブルにお悩みの歯科医師の方は、迷わずご相談下さい。初期対応が肝心です。まず弁護士に相談しアドバイスを受けることを強くお勧めします。

弁護士鈴木が力を入れている歯科医院法務に関するコラムです。
ここでは、歯科訴訟の判例のご紹介、ご説明を致します。


取り上げる判例は、平成19年3月26日東京地方裁判所の判決です。
なお、説明のために、事案等の簡略化をしています。

 事案の概要

歯科医院で歯の補綴治療を受けた患者が、歯科医師に対し、@患者の要望どおりの形状の補綴物を製作する旨の合意があったにもかかわらず、その債務の不履行(不完全履行)があったと主張して、また、A診療契約の締結に際し、患者の要望どおりの形状の補綴物の製作は不可能であることなどを説明すべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったと主張して、既払いの補綴治療費相当額の損害132万8250円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案です。

事案の概要は以下のとおりです。

1 初診日までの診療経過

患者(昭和33年生まれの女性)は、複数の歯科医院を受診して歯の補綴治療を求めたが、補綴の方法や内容について独自の希望を有していたため、いずれの歯科医院でも診療不可能として断られていたところ、東京社会保険診療報酬支払基金の職員の紹介で、本件歯科医院を受診することになった。
患者は、平成17年6月4日、本件歯科医院を受診し、歯科医師に対し、下記の要望書を提出し要望をしたほか、口頭での要望事項(@左上4番の被覆冠の形状、A右上2番と3番の被覆冠の形状、B右下5番の被覆冠の形状に係る要望事項)の要望もした。
                   記
歯を付けて頂く上での要望を書き出しました。不可能な点が有りましたら、事前に教えて下さい。
@ 作って頂きたい歯は、左上4本、左下2本、右上6本、右下3本の計15本です。
A 基礎の金属部分、表面の白い部分、共に一番丈夫で長持ちする材料で作って下さい。
B ブリッジにする3本以外は、隣り合った歯でも連結させずに、1本ずつ個別の歯にして下さい。
C 表側だけでなく、裏側も歯茎の所まで白くし、金属部分が一切見えない歯にして下さい。
D 上下、左右、各2本ずつの奥歯は、凹凸をきつくしないで下さい。
E 上下、左右共に、作る全ての歯の歯型を一度に取り、出来上がったら一度に付けて下さい。
F 出来上がったら、付ける前に見せて下さい。
G 歯は、仮留めの状態で、数日様子を見させて下さい。
H 仮留め中は良くても、万一確り付けた後で不具合が有った時は、速やかに壊して下さい。
この他に3点ほど、口頭にてお願いしたい所が有りますが、よろしくお願い申し上げます。

患者の上記要望に対し、歯科医師は、要望書のCについては、技術的に困難であることなどを説明して、何とか患者を翻意させたが、その余の点については、最終的には、「歯科技工士と相談しながら、できる限り要望に沿うように努める。」旨を述べて、患者の了解を得た。その際、歯科医師は、補綴物の形状に関する要望(要望書のDと口頭要望事項)については、補綴治療を開始する前の時点では、果たして患者がどの程度のことを要望しているのかを正確に把握することができないため、できる限り要望に沿うように努めるということで患者の了解を得て治療を開始し、その後、試適と調整を繰り返しながら徐々に患者の要望する形状を把握して、最終補綴物を製作しようと考えた。
歯科医師が考えた治療の手順は、メタルフレームの上にホワイトワックスを盛ったものを試適して、患者がどのような形状のものを要望しているのかを客観的に把握し、その要望に従ってホワイトワックスの形状を調整した上、その患者の要望に沿ったホワイトワックスの形状どおりに最終補綴物を製作するというものであった。

2 初診後から治療費の返還請求に至る診療経過

歯科医師は、平成17年6月11日、医院受診前から装着されていた暫間被覆冠を外したところ、対象の15歯すべてが前医のもとで形成されて非常に小さくなっており、これらを支台としてそれぞれに単冠を装着しても、すぐに脱離することが容易に予想された。そこで、歯科医師は、要望書のBに関して、連結冠での補綴を勧めた。
しかし、患者は「脱離すれば、そのときに作り直せばよい。」などと述べて、これを拒否した。
そのため、歯科医師は、患者の要望に従って、ブリッジで補綴する左上5ないし7番の3歯を除く12歯につき単冠で補綴する方向で治療を進めることとした。
歯科医師が、平成17年8月6日、それまでに製作されたメタルフレームを試適しようとしたところ、患者は「最初からメタルフレームでは作ってほしくない。レジン製の仮歯で形態を確認してからメタルボンド冠を作ってほしい。」と言って、その試適を拒否した。
そこで、歯科医師は、平成17年9月3日、レジン製暫間被覆冠を試適し、以後、患者の要望に応じて、医学的に相当な範囲で、暫間被覆冠の形態の調整、咬合挙上、支台の再製作、保持孔形成等を行った。
患者は、平成17年12月17日、歯科医師に対し、左上4ないし7番、左下6、7番について、尖っている頬側咬頭を丸くし上下を面で接触させるよう求めた。しかし、点接触が正常な咬合の基本といえるのであり、面接触にすると外傷性咬合になることが多い。そこで、歯科医師は、かかる患者の要望は医学的に相当ではないと判断し、これを患者に説明した。しかし、患者が納得しなかったため、歯科医師は、患者の要望を容れず、点接触になるように暫間被覆冠の形態を調整した。また、患者は、左上4番について、その形態を下顎に似せるとともに、中心溝を口蓋寄りにするよう求めた。しかし、そのようにすると、左上4番の口蓋側咬頭が下顎と全く咬合しなくなってしまう。そこで、歯科医師は、かかる患者の要望は医学的に相当ではないと判断し、これを患者に説明した。しかし、患者はその形態を主張して譲らず、そこで、歯科医師は、為害作用のあるところは試適と調整を繰り返しながら患者の要望との接点を見出すことにし、患者に対し、頑張ってやってみましょうと答えた。
患者は、平成18年1月7日、レジン製暫間被覆冠を装着した上での咬合については納得したが、形態については納得せず、レジン製暫間被覆冠では形態がよく分からないとして、金属製の仮歯を作って見せてほしいと述べた。そこで、歯科医師は、金銀パラジウム合金で金属冠(仮歯)を製作することとした。
患者は、平成18年1月14日、歯科医師に対し、右上3番の被覆冠の幅を少し小さくし、その分、右上2番の被覆冠の幅を広げてほしいと要望した。しかし、これ以上歯牙を削ると折れてしまう危険があったため、歯科医師は、医学的に相当な範囲で、できる限り患者の要望を採り入れた金属冠を製作することとした。また、患者は、左上4番について、レジン製仮歯より小さく、かつ、噛まなくてもよいから下顎に似せてほしいと要望したが、歯科医師は、これについても、医学的に相当な範囲で、できる限り患者の要望を採り入れた金属冠を製作することとした。
患者は、歯科医師に対し、左上4番の形態をはじめ金属冠の形態が全く患者の要望どおりになっておらず、これ以上通院しても無駄であると述べて、治療を拒否し、診療契約を解除する旨の意思表示をした上、治療費の返還を求めた。

 争点及び裁判所の判断

争点1 補綴治療の診療契約の法的性質及び債務不履行の有無

【裁判所の判断】
患者は、診療契約において、患者の要望どおりの補綴物を製作する旨が合意されたと主張する。
しかしながら、いわゆる診療契約は、歯科に係るものも含めて、その性質上、医師ないし歯科医師が結果の達成(仕事の完成)を請け負う契約ではなく、医師ないし歯科医師が医学的な知見及び技術に基づき最善を尽くして診療を行うことを委託されるという準委任契約であると解される。そして、医師ないし歯科医師は、専門家として、患者の要望が医学的に相当でない場合には、これに従ってはならないというべきである。
本件のような歯の補綴治療に係る診療契約についても、程度の差はあっても同様であり、歯の補綴治療においては、失われた歯質ないし歯を人工物(補綴物)によって補う治療であるがゆえに、医学的見地からして、食物を摂取するための咀嚼等の機能の回復ということが重視されなければならないし、他の疾患を惹起させないようにすることも重視されなければならないのであって、歯科医師としては、患者から審美的な観点等での要望があったときでも、それが上記のような医学的見地からして相当でない場合には、これに従ってはならないというべきである。また、上記のような重視すべき点を考慮して補綴治療を行わなければならないことから、単に物を作るのとは異なって、あらかじめ補綴物の形状等の結果の達成を約束することができるような性質のものではない。
歯科医師は、医学的に相当な範囲で、できる限り原告の要望に沿うような補綴物を製作することに努める(最善の努力をする。)という債務を負っていたにすぎない。本件において、患者の要望どおりの補綴物が製作されなかったとしても、そのことから直ちに歯科医師に債務不履行があるということはできない。
なお、歯科医師は、医学的に相当な範囲で、できる限り患者の要望に沿うような補綴物を製作することに努めるという債務を負っていたところ、本件の事情に照らすと、レジン製仮歯や本件金属冠の形状に患者の要望に従っていない点があるにしても、本件で債務の不履行があったということはできない。

争点2 補綴治療の履行割合に応じた治療費の返還額

【裁判所の判断】
本件診療契約は準委任契約であり、準委任契約はいつでも解除(解約)することができる(民法656条,651条1項)のであるから、患者が平成18年2月18日にした診療契約を解除する旨の意思表示は債務不履行を理由とする解除としては効を奏さないにしても、診療契約は同日をもって患者による解除(解約)により終了したものと解するのが相当である。しかして、本件診療契約に基づいて本件補綴治療を行う債務は、同日時点では、最終補綴物の製作、装着が行われておらず、履行の途中であったといえる。このように(準)委任契約が受任者の責めに帰すことのできない事由により履行の途中で終了した場合、そのような場合でも報酬全額を得ることができる旨の特約がない限り、受任者は、履行の割合に応じて報酬を受けることができるにとどまり、既に受領した報酬のうち履行の割合に応じた報酬を超える分については、これを委任者に返還すべき義務を負うものと解するのが相当である。
そこで、本件における履行の割合に応じた報酬ないし治療代についてみると、歯科医師は、患者に対し、23万4559円を返還すべきことになる。

争点3 説明義務違反の有無

【裁判所の判断】
患者は、初診時(6月4日)において、歯科医師に対し、自己の要望どおりの補綴治療をしてくれる歯科医院がなかなか見つからないことも告げた上、「不可能な点がありましたら、事前に教えて下さい。」として、主として審美目的のもとに、各種の要望をしたことが認められる。
そうとすると、歯科医師としては、初診時において、患者に対し、上記要望事項の中に医学的に相当でなかったり歯科技工的に著しく困難であるなどの理由で実現が不可能と判断されるものがあれば、その旨を説明し、実現が可能かどうかその時点では判断することができないものがあれば、その旨を説明して、それでもなお補綴治療を受けるかどうかを選択する機会を与える義務があったというべきである。
歯科医師は、要望書のCについては、技術的に困難であることなどを説明して、患者を翻意させたが、その余の要望事項については、最終的には「歯科技工士と相談しながら、できる限り要望に沿うように努める。」旨を述べたのである。
しかして、要望事項は、その性質上、補綴治療開始前の時点でその実現可能性の有無を正確に判断することは難しく、補綴治療の過程で具体的に判断するしかないことが推察される。そして、歯科医師も、要望事項については、補綴治療を開始する前の時点では、果たして患者がどの程度のことを要望しているのかを正確に把握することができないため、できる限り要望に沿うように努めるということで患者の了解を得て治療を開始し、その後、試適と調整を繰り返しながら徐々に患者の要望する形状を把握して、最終補綴物を製作しようと考えたというのである。歯科医師が「歯科技工士と相談しながら、できる限り要望に沿うように努める。」旨を述べたことは、事の性質に即した相当な説明の仕方であるというべきであって、説明義務違反ということはできない。

 判決:結論

被告は、原告に対し、金23万4559円及びこれに対する平成18年4月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。


補綴治療の返金トラブル、治療費の返金訴訟、治療費返還の裁判に悩んでいる歯科医の方は、迷わずお電話を下さい。診療録などの証拠及び患者の主張内容などを十分に確認聴取した上で、取るべき対応、留意点などを具体的にアドバイス致します。


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